2011年11月28日月曜日

#40 つながりはじめる

昨晩なかなか寝付けたなかったので、少しけだるい。

いつもより少しだけ早く出発する。外は不気味なくらい暖かい。11月下旬の東北ってこんなもんなのだろうか・・・
今日の市役所屋上非ライブカメラは西向き。曇りだけど暖か。
板橋区のCさんが1週間の帰還を終え、今日から復帰。たぶん所属でも大船渡ネタで盛り上がったはずだ。
そして、先週の続きの業務を行う。書類に貼り付けた付箋の部分を、臨時職員のOさんにコピーを頼むのだが、あまりの量に気が引ける・・・

午後、T副技監にお願いし、前からきちんと確認したいと思っていた永浜・山口の二次選別場に出向く。
先に別の打ち合わせをしていたN課長補佐を見つけるが、そのあまりに広大な敷地に、距離感をつかみかねる。

二次選別場では、各地区の仮置場で、木くず、木質系混合物、ガラ系混合物に荒選別したものを、資源化するためにより細かく分別する。特に、木質系混合物の分別に注目した。ちょうど休憩時間だったのでじっくり見ることができた。

運び込まれたがれきは、まず敷鉄板の上に展開され、重機と人手によって仕分けが行われる。特に、長いものや家電のコード、大きめのブラスチックなどが取り除かれる。
その後、トロンメルと呼ばれる回転分離機に投入され、土とその他に分けられ、磁選機にかけられてから手選別場に。がれきの移動はベルトコンベアで行われる。

手選別場では、複数の女性が分別作業を実施している。ここで、再度石や金属、衣類などが取り除かれ、再度ベルトコンベア上の磁選機を通過し、振動篩(ふるい)を通過して、木くずと土砂類に分別される。類似の作業が異なる手法で繰り返し行われることによって、資源としての利用価値が高まる。

木くずは一旦ヤードに仮置きされ、台船に載せられて太平洋セメントへ向かう。二次選別場から太平洋セメントまでは目と鼻の先だが、すべて自動車で運搬を行うと、沿線にある赤崎中学校、赤崎小学校の仮置場へ向かう車両と交錯し、おそらく大渋滞となる。市民生活の妨げにならない配慮もなされている。

木くずのラインでは、巨大なチッパーなどが活躍しており、他にも0.7m3クラスのバックホウやホイールローダーなどが多数稼動している。
岸壁には、真っ二つになったコンテナが保管されており、改めて津波の破壊力に驚愕した。

二次選別場では、働いているのも地元の人、動いているダンプトラックも地元のものと、地域で経済が回っていくような取組が行われている。
また、外周を囲む仮囲いには、地元小学生の書いた絵が掲げられている。
引続き、脱塩施設の確認に向かう。巨大な7台の洗濯機が回転している。
排水処理プラントでは、T副技監が解説してくれるので、前回訪問時よりもその仕組みが理解しやすかった。泥水だったものが、放流段階では透き通っていたのには驚いた。

職場に戻ると、Oさんが作業完了したと伝えてくれた。驚速!
夕方のミーティングでは、課長が不在のため補佐が代わりに少し話をする。末崎担当のO主任と大分市のTさんが、登米マラソンに参加したと話をされ、お二人の結果を聞き出すが「完走・・・」とだけしか伝えられなかった。
そして、大阪市から派遣されているSさん(二人ともSさん)が、今日で最後の勤務となる。仮置場の監督さんの中では一番近しかったので、残念である。新市長の元で頑張ってください!と伝える。

月曜日の定例行事、洗濯に向かう。今日は係の人が見えたので、暖房の設定温度をなんとかしてください・・・と懇願する。経営者に伝えると回答をもらった。

洗濯の間、1943年に刊行された「津浪と村」の再版を読む。第一章の冒頭にあまりにもよい文章が。以下に引用する。

『我々は津浪直後に、惨害記録と哀話のみ綴っているべきではない。暗い話ではなく、根強く再興してゆく日本人の力こそ、次には被害を少しでも軽減するために、細心の注意を怠らぬように導いてゆくのが我々のなすべきことと信じている。』

洗濯が出来上がったので少ししか読めなかった。盛のクリーニング店とサン・リアに寄って帰宅する。晩御飯は、半額のお稲荷さんと納豆巻きとなった。

ベースキャンプで食事をしていると、内線電話がなった。私宛の来客だ!
杣遊会のメンバーで、役場職員のMさんが訪問してくださった。杣遊会の活動や、住田の林業のことなど、いろいろお話をさせていただいた。実は土曜日もご訪問いただいていたそうで・・・
12/3に開催される詩の朗読会にお誘いいただいた。そして、4日の杣遊会活動にも。そして、津波で流出した木を活用したいというご希望には、すこし協力できそうだ。
来年住田で開催予定のビッグ・イベントについても教えてもらった。是が非でも参加したい!
住田テレビのスタジオに飾られる予定のリス
今、第3の故郷芸濃と第4の故郷気仙をつなぐ取組を、芸濃のYさんと画策している。
1か月が過ぎ、様々な方々とつながりはじめているような気がしてきた。