2014年11月30日日曜日

#674 下山

結局、いつものごとくチェックアウト時間ギリギリまで粘ってしまう。外は今日もあいにくの天気。週末に2日とも天気が悪いのは珍しい。先週の3連休が良すぎたのか...

昨晩実姉から問いかけのあった、仙台大観音へ。遠くからもその姿を拝むことが出来るが、住宅街の中にあるために、やや屈曲した道を行くことに。駐車場には数台のクルマが止まっていた。
牛久の大仏の次に大きな観音像
 500円でお札を購入し、中へ。整然と仏像が安置されており、回廊をぐるりと回ってエレベーターへ。
 釜石の観音像の2倍くらいの規模だろうか、本当に巨大である。
観音像の胸あたりが最上階
航空機の衝突を回避するための標識灯
県庁方面を眺める
あまり遠望は出来なかったが、かなり遠くまで見渡せることがわかる。まさに仙台のランドマークと言える。
像内は螺旋状になっており、下りながら安置されている仏像を参拝できるようになっている。
 しかし、途中で挫折し、エレベーターで降りる。

観音像を後にし、中山地内でナビに逆らったがために、行ったり来たりすることに。
途中花屋で花束を作ってもらい、泉PAのスマートインターから乗るまでに1時間半を費やすことに。当初予定していた東松島経由を断念し、東北道で水沢ICへ、そして397号線で種山を抜ける。

建設が中止された津付ダムの付帯工事として整備された、津付道路を通る。途中までの完成だが、屈曲して走りにくかった部分が解消され、非常に快適になっていた。大船渡市役所に派遣される前日、走りなれない道を見知らぬクルマに煽られたのも懐かしい思い出である。
うんだっこが鈴なり
 107号線、三陸道を通り、越喜来から山道を走って大窪山のもりの学び舎へ。下界より4~5℃ほど気温が低く、辺りは霧が立ち込めていた。ロードオブザリング的映画に出てくるような、幻想的な風景。もりの学び舎は、長い冬に備えるため、今年は今日が最後の開館日となっている。初めて訪問した3年前も、丁度冬季閉館になる直前だった。
6年間管理人を務められたM氏は、今日で山を下りる。花束をお渡しすると、「森のステンドグラス」を作っているので一緒にどうぞ、と案内していただく。
三陸ボランティアダイバーズのメンバー4名が作成に勤しんでおり、そこにはめていただくことに。
製作なう
M氏が収集された押し花ならぬ押し葉から、好みのものをチョイスする。他のメンバーは同じ種類のものをおしゃれに配置されていたが、自分は可能な限りいろいろな種類を使って、大窪山の植生が理解できるような作品に仕上げてみた。しかし、林業技師でありながら、樹種がまったくわからない...
ラミネート加工して
完成!
M氏が、「シティーハンターという漫画の海○○...」というくだりを参加者にお話しされる。このネタは既に定番化してしまった...

そして、参加者で記念撮影。
三陸ボランティアダイバーズの方をお見送りしてから、M氏と少し歓談する。
開口一番、「何より、6年間無事故でよかった」と話をされる。以前にも伺っていたが、M氏は毎朝必ず散策路などをチェックされている。自分にはたぶんできないと思われる、日々の地道な積み重ね。こうやって来場者の安全が確保されているのだと、心打たれる。

施設のロケーションに比して安定した来場者があること、今風に言えば「ユルい」雰囲気の散策会が人気だということ、人との接し方は自分次第だということ、そして被災地の今のこと。...話題には事欠かなかった。
そして、頂き物で恐縮ですが、と仰りながら、カイロをいただいてしまった。これからの季節、これでまた耐寒性能がアップする。

既に辺りは真っ暗になってしまっていた。M氏に別れを告げ、山を下りる。
これから冬になり、そして春を迎えるが、気仙沼にいる間に訪れることは出来なくなる。またいつか、この雄大な景色を眺めに立ち寄ろう...

途中、夏虫の湯っこで入浴してから夕食。
野菜たっぷりのひっつみ
雨が降ったりやんだりする三陸道を気仙沼へと向かう。天気も回復しそうにないので、洗車は止めておこう。

2014年11月29日土曜日

#673 prospect

遮光カーテンを閉め切っていたので外の様子はわからなかったが、天井から雨音がする。天気予報通り、生憎の雨。朝食が終わる前に食堂に降り、簡単に済ませる。
居心地の良い部屋でしばしくつろいでから、荷物をまとめて出発する。

以前からなかなか行く機会に恵まれなかった、石ノ森萬画館へ。丁度3年前に訪れた時は、入口にベニヤ板が打ち付けられていたが、今はすっかりきれいに復旧されている。
川の中州にある
独特のフォルムは石巻のシンボルといえる
ロボコンがお出迎え
不思議な状態
仮面ライダー「新」1号とのこと
 管内には、石ノ森章太郎先生の原画が多数展示されており、食い入るように見てしまった。

そして、「マンガDEみる石巻復興グルメ展」という特別展示では、石巻の魚介類を中心とした豊かな食文化の紹介(もちろん漫画)を中心とした展示がなされている。
著名な漫画家が寄稿した色紙も多数展示されており、犬木加奈子先生の色紙でトラウマが再発する。

幼少のころ、四日市の映画館に家族でサイボーグ009の映画を観に行き、昼食は都ホテルの中華料理を食べたことを鮮明に覚えている。その懐かしさもあり、3階の図書室で単行本を読みふける。

既に結構いい時間になってしまっており、魅力ある館を後にする。雨は上がっており、僅かに晴れ間が覗いていた。

途中のファストフードのドライブスルーで昼食を済ませ、三陸道で仙台へと向かう。定宿にクルマを預け、一応きちんとした格好に着替えてから、電力ホールへと向かう。
光のページェント準備中
宮城県議会主催の「地方創成セミナー」に潜り込む。地方自治体にとって、地方創成はホットな話題である。石破茂担当大臣により、1時間半の講演が行われた。
講演の内容は、その多くがメディアなどで流れている「既知」の内容だったが、最後に話されていた、農協など各種団体に行政事務を担わせる「地方マネジメント法人」の設立というのは、少し気になる内容だった。
また、地方分権と地方の責任ということをよくお話されているように思う。国の持つ権限を移譲することで、地方の裁量は広がるが、それに伴って当たり前だが責任も移される。大臣はまた、権限
移譲の深化がなされさえすれば、道州という枠組みは特段必要ないのでは、と語られた。

被災地の復興では、自治体ごとのオリジナリティが出ている部分が多々ある。ただ、大きな復興予算という枠の中で、どの事業にどのように予算を配分するかの判断は国が担っている。ただ、南海トラフの祭には、その予算配分さえも地方に担わせてもらいたいと思っている。地方にも優秀な人材は多数そろっている。そこまで行って、初めて地方分権だろう。もちろん、災害復旧復興だけでなく、平常時からも。

この後、図らずも岩沼市に派遣されている職員の方と話す機会があった。農地関連の業務に携わって見えるそうだが、その考えや思いは自分と似通っていた。昨日のM氏といい、仕事への思いが深いほど、組織への期待も高まってくる。自分もあまり愚痴ばかり言わずに、三重が受援の立場になった時、どうあるべきかをまとめていかなければと思う。
防災部局時代、静岡県や県内市町、消防本部から派遣職員を受け入れていた。改めて、その時の同僚に話を聞いてみたいと思った。

2014年11月28日金曜日

#672 思いを伝えるⅣ

気温は低いが、好天の朝を迎える。いつもより早めに起床し、いつものように準備して、バス停へと向かう。

鹿折金山行きのバスにのり、気仙沼駅前で下車する。
次のバスを待ってる間、鹿児島のk氏が徒歩でやってくる。ちょっと不安になる時間帯だったが、たぶん間に合うのだろう。

一ノ関駅行きの急行バスがやってきた。時折見かける長距離タイプのバスかと思いきや、ごくごく普通の路線バスタイプの車両ががやってきた。自分ともう一人が乗り込み、西へ向けて出発する。

途中、発車してから10分も経っていないころ、にいつきパーキングで小休止。
少し運転士さんと話をする。車体はあれだが、エアサスで乗り心地がよいと教えてくれた。
そしてバスは再び出発する。運転士さんから耳寄りな情報が車内アナウンスされる。もう一人の乗客と歓喜する。
途中、ボツボツと乗客をピックアップし、定刻1分遅れで一ノ関駅に到着する。

駅西口で、東京からの来客と合流する。東京事務所のM所長、三重テラス店長で、元熊野の県民センター長であるY氏、そして東京事務所のM主査と3名でお越しいただいた。ここからはレンタカーでの移動となる。

343号線を走りながら、沿道の案内をする。いつの間に、自分はこんなに詳しくなってしまったのだろうか...

そして陸前高田へ。
中心市街地の嵩上げ
中心部を通過するが、通れなくなっている道が大幅に増えており、工事が進んでいることが覗えた。

そして、タピック45脇にある、まちづくり情報館へ。ここは土曜日も開館しているが、なかなか立ち寄る機会がなく、今回が初めて。
内部には打合せスペースもあり
逆さまに展示されている被災マツの根
市街地の計画図
象徴的なガソリンスタンドの看板
そして、一本松茶屋にクルマを止めて、奇跡の一本松へ。
防潮堤や付帯工事が進んでいる
久々の奇跡の一本松
見晴台から眺めるみなさん
希望のかけ橋
一本松茶屋でお買い物いただき、気仙沼へと向かう。車内では、Y氏から板コンブが配布される。独特の食感がとても美味しかった。

鹿折を抜け、南町紫市場のあさひ鮨へ。お客様をお連れすることの多いこのお店、安定のクオリティで安心できる。
そして、安波山から町を眺める。
その流れで、ベースキャンプをご案内する。Y氏は1号機のことを「ハチマル」と仰るが、実は86であることは内緒にしておこう。ここから自分は1号機で先導する。

時間が若干押してしまったので、途中ノンストップで45号線を南下し、南三陸町の志津川へ。
左岸側が早期街びらきエリア
 このころ、連続して昨年度役場に派遣されていた、鳥羽市のM氏から着信が入る。何事かと思っていたら、「今すれ違ったでしょ?」と。ナンバーでばれてしまっていた...さんさん商店街で久々の再開を祝う。

さんさん商店街を見学後、南三陸復興まちづくり情報センターへ。
隈健吾先生のグランドデザイン
きりこのデザインに注意
 その後、ポータルセンターの展示をご覧いただいてから、防災対策庁舎へ。自分は遺構としての保存に賛同していない旨を、理由とともに伝える。来客にもご理解いただけたようだ。
防災対策庁舎と高野会館
 そして、高野会館をご案内する。もちろん、この建物であった出来事についても説明する。
 想定していたスケジュールから既に1時間半押してしまった。予定していた2か所は明日訪問いただくことにして、石巻へ直行する。

M主査が選んでくれた「フタバイン」というホテルにチェックイン。B&Bと呼ばれるスタイルのホテルだが、エクステリアのおしゃれさ、室内の広さ、すべてにおいて文句なし。石巻の穴場である。
懇親会場へ移動する。石巻のM氏が選択してくれた「隠岐の島」というお店。先行して練習を開始し、追ってM氏が合流する。
被災地に対しての思い、仕事への思い、M氏と自分はお互いに似ているというくらいに、考え方が似ている。たまに正反対のことを言う時もあるが、それはこの地のことをそれぞれが深く思っているからだと思う。
M氏 M主査 Y氏 M所長 自分
見慣れない電話番号からの着信があり、出てみると、遠方の関係者と交渉に入っていたH主事からだった。「結果、どう思います(笑)」とかまをかけられるが、無事に交渉が終了したとのこと。決着を期待していた案件だけに、思わずガッツポーズがでる。

十二分に意見交換し、閉店時間に散会となる。このメンバーとは三重でも必ず会うだろう。その時、それぞれがどのような立場で仕事をしているのだろうか...

2014年11月27日木曜日

#671 当事者

昨晩までの雨は上がり、穏やかな朝を迎える。気温も上がるとの予報である。

先日、県の有識者会議で、南三陸町の防災対策庁舎を遺構として保存すべきであると決定がなされた。会議での決定がすべてを決めてしまうわけではないが、今後県としては保存に向けて動きを始めることになる。自分も第三者的視点ならば、保存に賛成していたと思う。
ただ、お会いした2人の遺族からは、一刻も早く解体すべきとの声を伺っている。その話を聞いて以来、自分も解体という考えに変わった。
津波の脅威を後世に伝えていくに、遺構は有効な存在だと思う。ただ、当事者の話にも十分すぎるくらい耳を傾けてほしいし、意見を十分に尊重してほしい。

いつものように準備して、いつものように出勤する。

今日はインフルエンザの予防接種が行われる。希望者を対象にしたものだが、かなりの受診者でごった返していた。居合わせたO技師が、体温測定で37.5℃。自粛するように強く勧めたが、3度計測を行うことでOKが出たようで...
非ライブカメラA'
昼食時、職場にあるテレビではNHKのニュースを視聴するのが習わしとなっている。毎週木曜は、ニュースの後に「被災地からの声」という番組が行われる。しかし、始まってしばらくしてから、誰かの手によってテレビが消される。

午後、Hという施工箇所の現場代理人と打合せを行い、この施工箇所に関する資料作成を行ったり、直近で必要となる報告書の作成を続ける。

夕方、明日に遠方の関係者と調整に出かける予定のH主事、A主事のことで何やら騒がしくなっている。Hという施工箇所に関わる内容なので、本当ならもう少し早めに...と思ったが、2人は努力してくれているので問題はない。ただ、あまり重要とは思えない内容で上司が議論しているのが耳に入る。平常時では想定できないこういったケース、これからも何度でも出てくるだろうに...
それにもまして、誰が行くかさえ把握してなかった上司には、少し驚いた。口頭や文書での報告って、いったい何なのだろう...県政にとって、被災地の復旧、復興は最重要課題のはずなんだが。

三重では、火曜日から県庁食堂で「みんなで応援!東北を食べよう」キャンペーンが始まっており、FBでは先輩方が味わってくれている画像を見かける。今自分の置かれている環境と、三重とのギャップが虚しい。

定例の掃除を終え、一部のメンバーが説明会に出かけてから、治山班のM技査と電話で打合せをする。
業務終了後、夕食を摂りにこけしへ。
O技師が、三重から送ってもらったお茶を飲みたいとのことだったので、取りに来てくれるのを待つ。しかし待てども来ない。まぁ、らしいと言えばらしいのだが。
しばらくして、部屋を訪ねてくれた。お茶と引き換えに、手に持ったコンビニ袋を渡してくれた。中身はミネラルウォーターとガム。お茶のお礼にと、わざわざ買ってきてくれた。そんなこと、何も気にしなくていいのに...要領も悪く、正直仕事があまりできるとは思えないO技師だが、こういった人を思いやる気持ちはとても強い。彼の持つやさしさは、被災地に住む人たちと接していくうえでの強みだと思う。大器超晩成型かもしれないので、宮城の人たちは、あきらめずに育てていってほしい。

余談だが、時々「気仙」というキーワードでGoogle検索すると、この絵日記が非常に上の方に来ている時がある。不思議だ...
ある日は4番目に来ていた

2014年11月26日水曜日

#670 地域貢献

朝から曇り空。今日は天気が悪くなることがわかっていた。傘をもって、徒歩にて出勤する。気温は低いはずなのだが、湿度が高いからかあまり寒さを感じなかった。この地方の気候にようやく慣れたからなのか...

午前中はNという施工箇所の現場代理人と打合せをし、提出のあった書類のチェックを行う。
その後、昨日協議が不調になったと知らされたIという施工予定箇所について、班員と少し話をする。こちらの思いは既に治山班には伝えてある。あとは、県庁のメンバーの尽力に期待するしかない。

市役所から戻ってきたK氏から、鹿児島のk氏が三脚を紛失したと教えてもらう。三脚とはいえ、k氏の使っているモノは相当高額なものと思われる。昨晩遠野まで探しに行ったらしいが、徒労に終わったとのこと。うちのK氏は、何千円かのものと思っていたようだが...

少し気になることがあって、森林GISについて調べてみる。16年前に関わっていた頃とは時代は大きく変わった。
GISエンジンにはQGISをはじめとするフリーソフトが登場。位置情報を取得するデバイスも、ハンディGPSなどしか存在しなかったが、今ではスマートフォンやデジカメにまで組み込まれるようになった。おかげで、簡単にカシミール3DやGoogleEarthといったソフトに、写真の撮影場所を表示させることが可能になった。特に、先日のヘリからの撮影などは、こういった活用をしないと死んだデータになってしまう。

また、当時も堅牢なPCが存在していたが、今では十分に屋外使用が可能なタブレットもある。レーザー測距器もBluetooth内蔵になり、計測データが専用端末にではなく、汎用端末に即時で転送されるようになった。また、治山事業においても、手書きだった図面はCADに変わり、そのデータも共通ルールに基づいて製作されるようになっている。
そして、林務を担当するスタッフも、常にそれらに触れられる環境にいる。

こういったソフトウェアやデバイスを組み合わせることで、様々なものを一つの基盤上に統合することが可能になる。16年前にできなかったことが、今はハード、ソフト、それを扱う人、すべてが出来る環境が整ってきた。
初めてGISに触れてから16年。周囲は大きく変化したが、その中に入っているデータは、汎用機で森林簿を管理していた時代から特に進化は見られない。昔のようにマンパワーを無尽蔵に投入できる時代はとっくに終わっている。今の知見を持って、改めてこの分野に関わってみたいと思う。

業務終了後、外はかなりの雨。勤続25周年の表彰を受けたばかりのM班長に、K氏、W技師とともにベースキャンプへと送ってもらう。そのまま、K氏、W技師と夕食に向かう。
久々のイエティ
地域貢献というテーマについて、話をする。3人に共通するのは、この地方の産品を身につけることにある。K氏は気仙沼ニッティングがお気に入りで、W技師はオイカワデニム、そして自分はシャークスキンの小物。誰もまだ手にしていないが、ボーナス後にアクションが起こりそうだ。

お世話になっている親方から電話がある。ここ数か月、かなり困難な状況に追い込まれていたと伺う。その克服に自分も少し役に立てたのではと思うと、三重に居なかったことが悔やまれた。

2014年11月25日火曜日

#669 支えられて2

若干湿度が高いからか、気温の割には寒さを感じない。いつものように準備して、いつものように出勤する。

朝一、T班長から残念なお知らせがもたらされる。Iという施工予定箇所の事業進行について、東京で協議が行われたが、不調に終わったとのことだった。予想していなかった事態に、少し落胆する。

また、土木事務所のY氏からメールが届いていた。今まで混乱を極めていたHという施工箇所背後の土地利用について、いよいよ決着するときが来た。これで大枠が決定するはずだが、実はまだこれから協議を行う必要があるところが残されている。なんとか自分がここにいるうちに解決していきたい。
非ライブカメラA
夕刻、三陸新報のO記者が来庁される。派遣職員を紹介するコーナーに掲載するための取材に訪れてくれた。
大船渡市役所に派遣時代も含めて、今まで自分がやってきたことや過去の経歴などを話す。話をしていると、いかに自分が周りの人に支えられて仕事をしてきたのか、改めてかみしめることが出来た。上司のコメントという欄もあるので、昨年からお世話になっているS総括にお願いすることに。

大量の封筒に埋もれていたK氏のアシストをして、業務終了となる。

大型ショッピングセンターに立ち寄り、クリーニングを回収する。顔見知りの店員さんから、風邪に気を付けてくださいね、と声を掛けられる。何気ない言葉がうれしかった。
本屋に立ち寄ってから、夕食と朝食を買い求めて帰宅した。

2014年11月24日月曜日

#668 ひと休み

F1アブダビGPを見ながら寝落ちしてしまったようで、起きたら8時を回っていた。録画を見直し、また少し横になる。

次にが覚めたのは13時前。体が重いので熱を測ってみたら37℃。天気も良いのだが、今日は外出を控えよう。支援物資のカップラーメンを食べて、テレビを見て、また横になる。

次に目が覚めたのは20時。また支援物資のカップラーメンを食べ、少しダラダラして横になる。
そういえば、週末に1日家にいたことは、ここにところ記憶にない。たまにはこういった日も必要なんだろう。