2014年10月12日日曜日

#625 西からの使者たち -day2-

再び、好天に恵まれる。日頃の(以下略)。身支度を整えて、いつもと違うレンタカーでホテルへ迎えに行く。

当初は13日までの行程だったが、台風接近のために短縮となったため、N先輩が新たなプランを練り直していた。台風の通過予定時刻なども考慮してプランニングしているのはさすがである。そのための切符変更のために、ひとまず気仙沼駅へ。

観光協会で耳寄り情報などを入手したが、変更には想定以上に時間がかかりそうだった。ひとまず女性陣をリアスアーク美術館に送り届け、再び駅へ。

変更も無事に終わり、一服するためにアンカーコーヒーへ。しばしねまることに。南海トラフの巨大地震が襲来するまでに、何ができるかを少し語りあう。阪神・淡路大震災から来年で20年を迎える。この20年で起きた出来事などを振り返ると、実はあまり革命的な変化はなかったかもしれない。

ライフサイクルの長い鉄道車両では、20年だとまだ新車といっても過言ではない。乗用車も東北では20年前のものをかなりの頻度で見かける。進化の早いモータースポーツでも、20年前のマシンを見ても、あまり違和感を感じない。

ドッグイヤーと呼ばれる情報通信機器の分野は、確かに当時は想像できなかったことが、今できている。パソコンを所有したり、携帯電話を持ち始めたのは震災から1年後くらい。当時はダイアルアップ接続で、インターネットという言葉もまだ耳慣れないころだった。
自分の所属はどうだろう。丁度北川知事が初当選し、県庁の仕組が大きく変貌を遂げた時だった。その時に作られた文化の上で、今も仕事をしている。もちろん、その頃は在籍していないので、どれだけの変貌だったのかは詳しく知らないが...

結論としては、20年という時間はとても短いで落ち着いた。できること以上のことはできないので、できることを少しずつやっていくしかない。

約束の時間が近づいてきたので、リアスアーク美術館へ迎えに行く。しかし、待てども待てどもメンバーは出てこなかった。ようやく出てきたメンバーは、口々に「時間が足りない」と。またこの展示を見に来てもらえればと思う。
引き続き、市内を南下し杉ノ下へ。
周辺では植樹イベントが開催されていたが、それを横目に慰霊碑へと向かう。クルマを止めた場所を間違え、少し離れた場所から歩くことに。すると、偶然そばにいた年配の女性の方から声を掛けられる。
女性は震災前までここに住まれており、今でも毎日この場を訪ねられているとのこと。自らの生い立ちや震災時の出来事、その後のことなど、沢山お話をしてくださった。気仙沼の言葉で話をしてくださる「語り部」にお会いできてよかったよかった。
平坦な杉ノ下で最も高いと思われる携帯電話のアンテナが建つ高台に、無情にも津波が押し寄せた。慰霊碑に手を合わせる。
引き続き、震災遺構の候補である気仙沼向洋高校を眺める。
そして、岩井崎へ。以前よりも強く吹き上げるようになっている。
ちょっといい感じ
N先輩と秀ノ山関
龍の松
ブシャー!
いい加減お腹もすいたので、昼食を摂りに気仙沼横丁へ。銘々で好きな店に入ることにしたが、自分はまぐろ亭に、残りのメンバーは鳥徳へ。
まぐろづくし丼
マスターから「休んでてすみません!」と。確かに、ここ何回来ても、いつも閉まっていた。復活を心から祝う。
浸水深
続いて、N先輩のリクエストですがとよ酒店へ。
元々は鹿折に店を構えていたが、被災したために魚町の仮店舗で営業されている。実は立ち寄るのは初めて。メンバーは試飲したり、酒を買い求めたり。自分はステッカーを購入した。
シャイな黒猫
もうじき見納めの気女の「かまぼこ」体育館
震災前は海が見えなかっただろう
鹿折の見学台へ。
そして、陸前高田へ。一本松を見学するメンバーを見送り、留守番。一本松茶屋の交流スペースでは、東海新報の写真展が行われていた。
ベルトコンベア
 再び合流し、市内を視察する。
下和野の災害公営住宅
3年前に比べて成長しているサクラの木
浄土寺の不思議マツ
そして、ダッシュで大船渡へ。クルッと市内を巡回し、加茂神社から街を眺め、再び気仙沼へ。
ホテルでメンバーを降ろしてから、レンタカーを返却する。給油をしたところ、なんとリッター23.2kmも走っていた。定員乗車でエアコン付けていたのに...恐るべしハイブリッド

メンバーと浜の家に集合し、最後の晩餐となる。少し疲れてしまったからか、あまりアルコールが進まなかった。
メカの西京焼き
混んでいるだろうと思って、代行を頼んだらあっという間に来てしまった。メンバーを残して先に失礼することに。

N先輩が仕掛けてくれた今回のツアー。メンバーそれぞれの持つ被災地への思いを受け止めることが出来たとは思えない。しかし、今回がきっかけで、また気仙沼、南三陸を訪ねてもらえれば、自分の役割は果たせたのかなと思う。様々な知見、情報、お土産をもたらしてくれた皆さんに感謝する。