2014年1月4日土曜日

#344 試される大地-4日目-

少し早目に起床する。雪も上がり天候は申し分なかった。昨晩買い求めた朝食を食べている時間が惜しく、またあまり食べる気にもならなかったため、レッドブルを飲んで出発する。

路面には雪が積もっており、少し足元がおぼつかない。
たのもしいキハ54
ひとまず駅のコインロッカーに重い荷物を預け、東根室駅へ徒歩で向かおうと思ったが、この後の行程が全て台無しになるリスクを考え、結局タクシーで向かった。

日本最東端の駅は、住宅街の一角にあった。無人駅で駅舎もなく、駅前にそびえたつ標柱以外に、この駅の特殊性を物語る目印はなかった。
記念写真撮影用
ホームにある標柱
他は何もない
一通り撮影を終えて、納沙布岬行のバス停まで向かう。正直、バス停の正確な位置を把握しているわけではないので、少しドキドキしている。
ロードヒーティングの標識
途中のコンビニでホットコーヒーを買い求め、店員さんにバス停の場所を尋ねると、住宅地図を見せてくれた。目的地は目と鼻の先。少し時間配分を誤ってしまい、厳寒のバス停でしばし待つことに。交差点ではホイールスピンするクルマが続出していた。
納沙布岬行のバスには、いかにも観光客風の乗客に交じって、ポツポツ地元の方も乗り合わせていた。牧草地と、クマザサに覆われた平坦な風景をひた走る。日本離れした光景に息をのむ。
30分ほど走り、納沙布岬のバス停に到着。晴れていた天候が急変してしまい、吹雪いてくる。降車客に運転手さんが「滑りやすいので注意してください。」と声を掛けている。よくある注意喚起のメッセージかと思っていたら、早速下車客が転倒した。「スケートリンクみたいになってますから」と。その表現が適切であり、事実立っていることがままならないくらいにツルツルになっていた。

バスには、昨日の足湯めぐり号からずっと同じ行動をとっている少年が一緒だった。向こうもこちらの存在に気付いているので、話しかけてみた。新潟からやってきた中学生で、昨晩のホテルも同じだったよう。「朝食を食べている時に、出ていかれるを見かけました!」と。夜行列車で入り、行程も自分とほぼ同じだった。
自分が中学生の時も一人旅をしていたが、親戚宅以外の宿泊がNGだったし、携帯電話などのデバイスもなかった。昔を少し懐かしむ。

過酷な環境の中、周囲を散策する。
定番っぽい撮影ポイント
灯台
北方領土は望めない
太平洋側
臨時スケートリンク
北方四島のオブジェ
-1℃だが、風が強すぎ...
展示館などはすべて閉まっており、1軒だけ開いていた土産物屋に避難する。もはやシェルターと呼ぶにふさわしい。

行きと同じ行程のバスに乗り込む。最後尾で少年と少し話をする。
途中、バスが急ブレーキをかける。すると、道路をエゾシカの群れが横切っていた。思わず見入ってしまい、写真を撮ることが出来なかった。
この先、停留所ごとに乗客があり、終点に着くころにはほぼ満席となった。

駅前バスターミナルに併設の土産物屋で物色していると、少年が釧路行の列車が満席であると教えてくれた。「僕の横、よかったらどうぞ」とありがたい申し出。お礼に北海道限定のキリンガラナをご馳走する。

窓口で、ダメ元で釧路からの指定席の空き状況を尋ねてみた。奇跡的に直前でキャンセルが出ており、無事に座席にありつくことが出来た。駅員さんが「あまりいい席ではありませんが...」とおっしゃるも、この際どうでもよかった。
ほぼ満席となった1両「編成」の快速が西に向けてひた走る。風光明媚な路線だが、海と反対側の座席のため、少年といろいろな話で盛り上がった。自分の中学生時代よりもよほど詳しく、そして自分よりもたくさんの列車に乗っていた。今は書籍以外にもネットで様々な情報が流れているのも確かだし、自分もその恩恵に与っているが...
定刻に釧路駅に到着。タンチョウヅルの餌やりに向かうという少年と分かれ、駅弁を買い求めて特急スーパーおおぞらに乗り込む。案の定自由席は満席で、立客もちらほら。
買い求めた駅弁を食べる。サンマやサーモンのお寿司だが、存外美味。
車窓から海がとても近くに見える。海岸線は防潮堤すらない場所に、線路が敷設されている。この地方も確実に津波の被害に襲われる。そうなったら、根室本線もまた存続の危機に立たされるだろう。

無人の原野を行く。道東は雪が少なく、今までの白い景色とは違う、枯れ草色の景色が続く。新得を過ぎて石勝線に入ることには再び雪が。
北海道最後の列車は、急行はまなす。豪雪により大幅に遅延してしまう。たまたまとれたB寝台、急行列車の寝台は初めての経験となった。静かな夜の道南を、眠りとともに南へと向かう。