2014年5月25日日曜日

#485 別天地Ⅱ

8時にロビー集合となっているため、7時過ぎに起床する。シャワーを浴びて、朝ご飯を食べていたら、FBで友達申請が入っていた。気仙沼出身でオーストラリア在住の大塚さんだった。自分たちの手掛ける事業に対し、強力に意見される方と、こうやってコミュニケーションが取れている。三重で同じことができるかどうかわからないが...
メッセージのやり取りをしていたら、集合時間に2分ほど遅れてしまった。「FBでいいね!している時間があれば、さっさと準備しなさい(笑)」と言われる。FBは良し悪しである。

再びレンタカーに乗り込み、沼ノ内という集落を通る。海岸に接しているものの、一部建物の基礎が見えてはいたが、壊滅的という感じではなかった。

岬の背後を抜け、薄磯へ。今までの景色は一変し、荒野が広がっていた。
2月に三重で都市計画担当者に話をした際、コンサルタントのM氏から話を聞いていた内容が、この街で実施されることになる。やはり、机上ではわからない、現場を見てみないと。

N先輩のリクエストで、薄磯地区の災害公営住宅を探すことに。少し内陸に入ったところで、1号棟がほぼ完成を迎えていた。今日の午後、内覧会が行われる。
木造の戸建ても整備中
一旦大通りに出ると、広大な敷地で複数棟の公営住宅が整備されている場所に出る。偶然「内覧会」の看板を見かけたので、急きょ立ち寄ることに。
豊間地区の災害公営住宅の内覧会だった。デカいカメラを持って受付に行くと、係の方が「報道用」と書かれた芳名録を机上に出す。いえ、単なる一市民ですから…

マンションタイプの災害公営住宅は、2LDKが2タイプ、3LDKが2タイプ展開されており、まさに自分の実家と同じような組み合わせになっていた。というより、この組み合わせが一般的なマンションの定番のような気もするが...
ご多聞に漏れず、室内はフラットな仕上がりとなっている。しかし、トイレが温水洗浄でないことは、いまどき考えにくい。たぶん、査定とかで切られたのだろうが...
写真を撮ったり、コンベックスで寸法をとったり、参加者は皆熱心だった。

引き続き、観光スポットの塩屋埼灯台へ。美空ひばりの唄で有名だからか、比較的年配の観光客が多かった。絶壁をよじ登るような、鬼畜な階段を上がる。
登攀開始!
美しい...
灯台入口にある、地震時の体勢
 約100段の階段を登って、灯台の展望部へ。
薄磯方面
豊間方面
震災で崩落した部分は、法枠とロックボルトで復旧されていた。ちょっと法枠が露骨だが、安全には代えられない。

下山してから、二手に分かれることに。アクアマリンふくしま組と、スパリゾートハワイアン組のうち、自分は後者へ。
カーナビに従って南下、最後は案内看板に従って巨大な建物が林立するエリアへ。駐車場も手前はほとんど埋まっており、最奥に止めさせられてしまった。
久々に、テーマパークに来た。周りはほとんどが子ども連れ。自分はやや場違いな感じがしなくもないが...入場券を買い、中へ。
事前知識がほぼ無かったので、どういう施設なのかピンと来なかった。長島スパーランドを想像していたが、実は違っていた。建屋の中は巨大なプールとなっており、水着姿の方々が闊歩していた。

カフェテリアで子どもが好きそうな昼食を摂り、メインのステージへ。
息つく暇もないステージに、鳥肌が立った。映像でもなく、今、目の前で人が演技するという力強さを感じた。被災地でありながらも、ここは別天地だ。

ステージ終了後、急ぎ湯本駅へ。場違いな10両編成の列車が到着した。
都落ちしたE501系
いわき駅から再び磐越東線新緑号に乗り込む。行きと同様、硬派な鉄ヲタ率が高かった。
郡山から新幹線で福島へ。自由席が混雑していたためにデッキで立っていたが、10分強で福島駅に到着した。

東口で、熊野では同じ事務所で、今は福島県庁に派遣されているI君と合流する。観光の部局に所属しており、ロケ地のあっせんやイベントなどを担当しているとのこと。
福島は円盤餃子が有名だそうだが、日曜の夕方は開いている店がないとのこと。もう一つのおすすめ、鶏料理を選択する。

行き当たりばったりで、鶏や清兵衛という店に入る。川俣シャモの焼き鳥などに舌鼓を打つ。
福島県庁のことなど、いろいろ話をする。福島県では最前線にはプロパー職員を配置し、県庁などに派遣職員をおいていると聞く。福島ならではの事情があるのは想像に難くないが、そのやり方はベストだと思っている。

福島の魅力をアピールしてもらい、ホテルに戻ることに。日曜の夜ということもあるだろうが、通りは閑散としていた。今、一番勢いのあるのは郡山だそう。仙台に近い県都は、いろいろなものが吸い取られてしまっているのだろうか。人に溢れていたいわきの夜とは異なり、ここも別の意味で別天地だった。