2014年7月6日日曜日

#527 物理的記録

目覚ましを早めにセットしておいたが、当たり前のようにスヌーズ機能を酷使し、ギリギリの時間に起床する。身支度を整えて、3号機で出発する。好天に恵まれているが、Tシャツにライダーズジャケットでは少し肌寒い。

千厩で講習を受講する。N技師も既に講習を受けていた。無事、二人とも最終審査に合格し、残すところは試験のみとなった。少し談笑し、N技師は帰宅、自分は昼食を取る。講習会場に併設の小さな食堂がある。ここでの食事は今日が最初で最後かもしれない。
ざる中華
引き続き、素材集めのために南三陸へ向かう。途中、黄金山という凄い名前のところを見つけたので、思わずそちらに向かう。変哲のないキャンプ場の脇に「一杯清水」という看板を見かけたので、乗り込んでみる。
少し飲んでみる
引き続き南下すると、一関市藤沢町の大籠という集落にたどり着く。
マリア像らしき石像が路傍に
 キリシタン殉教公園という看板を見かけ、案内に沿っていくと、資料館があった。
 馬鹿でかいカメラをぶら下げていくと、「写真家の方ですか?」と尋ねられる。いえ、そのようなかっこいいものではありません(笑)と回答する。館内の撮影をお願いすると、「商業目的以外であれば...」はい、そのようなことはありません(笑)と回答する。「どんな写真を撮られているのか、見てみたいです」と聞かれる。いえ、人に見せられるようなものではないんです(笑)

そして、客は自分だけの館内へ...
全景
祈り
秘匿される祈り
弾圧のための踏み絵
磔刑
湯呑のそこに記された十字架
書物の中に埋め込まれたキリスト像
以前から、藤沢をとおると「キリシタン...」の文字を見かけていたので、何かあるとは感づいていたが、このような激しい弾圧の歴史があることは知らなかった。教科書で見たままの状況が記されていた。町内にある史跡の多くも、その背景に血塗られたものがあるのかと思うと、切なくなる。

そして、クルス館という建物に向かう。
また階段、昨日も階段、先週も階段...
 ようやくたどり着く。
ローマ法王のレリーフ
 館内には、キリスト像が。
 今の日本には信教の自由があるため、このような迫害が行わることはないだろう。しかし、過去の凄惨な記録は、どのような形であれ忘れないように残しておくべきだろう。
引き続き、南三陸町の志津川へ。帰県報告会に備えて、定点観測ポイントから撮影を試みる。ぱっと見はわからないかもしれないが、街は大きくその形を変えている。
そして、歌津の名足へ。
昭和三陸の記念碑
ここまで浸水したのだろうか
災害公営住宅の全容が見えてきた
そして、海岸沿いを走り、田ノ浦へ。田ノ浦も昭和の津波ののちに復興事業が行われている。いつかその成果を確認したいところ。
昭和の碑の横に波来の地
穏やかな漁港
たぶん、建物があったと思われるが...
黄昏の45号線を北上し、気仙沼へ。
黄昏の大川
南気仙沼の状況を確認する。
新築の水産関連施設
このインパクト、もう少しなんとかならなかったのか...
仮復旧と現地盤のギャップ
前から行きたかったが、道のよくわからなかった中央公民館向かいの高台へ。やたら大量にネコを見かけたのは、津波への恐怖から逃げてきたからなのだろうか...
絶賛嵩上げ中
全く異なる街へ生まれ変わる
 そして港町から鹿折へ。
バイオマス熱電併給施設
おそらく、復幸マルシェの移転先かと...
鹿折唐桑駅前から第18共徳丸のあった方向を眺める
盛土
 夕食は、一月ぶりの福建楼へ。
超スパイシーな麻婆飯
ちょっと目を話しているうちに、街はどんどん形を変えていく。今はまだ目に見えている震災の物理的痕跡、被災者の負担にならないようにいかに伝えていくのか、とても悩ましい...

既に暗くなった市街地をベースキャンプへと戻る。