2013年9月28日土曜日

#246 Crossover Minamisanriku Vol.4 -slow down-

9時に目覚ましが鳴るものの三度寝を敢行すると、既に週あまが始まっていた。朝食を食べ、溜まりに溜まった洗濯をする。全て干し終えてから、気仙沼の母の元に散髪に向かうが、あいにく臨時休業。既にお昼時となっていたので、今まで気になっていた新来軒へ。

ベースキャンプから徒歩30秒なものの、日中しか営業しておらず、週末は殆ど出かけていたので行くに行けなかった。やさしいおばちゃんにかしわうどんを注文する。すると、魚のフライとご飯がサービスで追加されていた。
重要有形文化財への指定が求められている
かしわうどん feat. 新鮮な魚フライ
時計の左下にある浸水深の表示
やや肌寒いものの、天候はまずまずなので3号機で出撃する。海沿いの道を南下し、階上にある気になる石碑を見てから、地福寺方面へ。今は災害廃棄物の処理場が目立つが、いずれ解体されることになる。隣接する気仙沼向洋高校の後者も解体予定と聞いている。
気仙沼向洋高校
近くの高台から、明治三陸地震津波以降に高所移転した階上の集落を眺める。先人の決断が、今実を結んでいる。
近くには、東日本大震災の慰霊碑が建っており、手を合わせる。
大谷の集落近く野々下と呼ばれる現場で、林野庁によりL1防潮堤の整備が進められている。管内で工事が始まっているのは2か所。以前見たときよりも、工事は大きく進んでいた。後学のためにも、じっと現場を見つめる。不審者と思われなかっただろうか...
近くの漁港には、竹製のステージが設けられている。
小泉海岸の先から山側に入り、田束山(たつがねさん)へ向かう。標高が上がるにつれて、肌寒さが増してくる。山頂付近にある仏像は、震災で倒壊してしまったが、現在修復作業が行われている。

あまり期待していなかったが、山頂に到着して、思いは激変した。北海道に負けず劣らずの絶景が広がっていた。しかし、誰もいない...しばらくして4人のライダーがやってきたが、もっと盛り上がってしかるべき場所だと思う。
近くに別の脇道があったので、少し分け入ってみる。しばらくすると行き止まりになり、無線の鉄塔があった。塗装工事の最中で、Uターンしようとまごまごしていると、現場代理人の方から、「バイク、いいですね~!」と声を掛けられしばし雑談。
払川ダムの脇を抜け下ると、稲刈りが真っ盛りである。ちょっと立ち止まり、手で稲を刈っていた方に少し話を伺った。近くの集落にお住いの方かと思いきや、なんと泊崎半島の先から通って見えるとのこと。本業は養殖漁業、趣味で米作りをされていると仰っている。周辺の田は、殆どが泊崎半島の方の所有とのことだった。
作られているのはひとめぼれで、冷害に強い品種はこの地方にうってつけ。はさかけを多く見かけるが、ライスセンターもあり、既に復旧しているとのことだった。
震災で半分の田は使えなくなり、これから復旧が行われる。震災直後は特にすることがなく、アサガオを植え、今は田の畔に曼珠沙華をたくさん植えられたとのことだった。
震災以降、たくさんの人の死に遭遇したと話された。自らの家は大きく被災しなかったものの、親族が多く亡くなり、また震災以降も若者からお年寄りまで...病気にかかる人も増えていると語られる。
まだ自分の気付いていない出来事が、この街にはあるようだ。

北に向かい、走ったことのない道を通る。まだまだ知らないところがたくさんある。
本吉からさらに山越えをしようとすると、道を間違えてしまい、岩手県に入ってしまう。日が傾き、どんどん気温が下がってくる。寒い...

気仙沼に戻り、まるきへ。おばさんから、「この前のケンミンshow見た?」と聞かれる。残念ながら見ていないが、東海地方の特集をがされていたそうだ。噂の来々軒も出ていたと。ケイチャンや天むすなど、懐かしい名前がたくさん出てくる。中華そばで温まってから帰宅する。

ゆっくりした一日を過ごしていると、いろいろなことを考えてしまう。今のこと、将来のこと。
ここのところ、ほぼ毎週のように何かイベントがあるが、同じ日にかぶってしまうことが多々あり、どれに参加するべきか頭を抱える。行かないと生まれない出会い、得られない情報や知識、そして見ることのできない景色...もちろん、自分は一人しかいないので、すべてを網羅することは出来ない。

もうすぐ気仙沼に来て半年が経つ。気持ちだけが焦ってしまっている自分がいる。時には立ち止まってゆっくり整理する時間が必要なのかも。