2015年2月15日日曜日

#751 ZERO POINT -day2-

昨日に引き続き、天気は良い。しかし、暴風警報も発表されるような突風が吹き荒れている。
三陸新報を読んでいると、南郷住宅を安倍総理が訪問されたと一面に。あぁ、そんなに近くにお越しだったとは...
少し部屋でゆっくりしてから、1号機で出発する。

45号線を北へ向かい、まずは高田の星石油店で給油。「今日はどちらへ?」と尋ねられ、「宮古まで。日が暮れないといいんですが(笑)」と答える。
高田ICから三陸道に乗り、北へと向かう。途中どこにも寄ることもなく、大槌町へ。

マストの2階にある情報プラザへ。以前はスタッフが常駐していたが、今は無人のスペースとなっている。まちづくり協議会の便りも配布される分は無くなっていた。もうそのステージは過ぎたということなんだろう。
喫煙コーナーに、東大大槌イノベーション協創事業の説明会が行われているとポスターが掲示されていた。終了時間まであと10分強。急ぎ会場へ向かう。
 先日見学した、サイバー過ぎる林業機械のことを思うと、ITと林業はもっと密接にかかわるべきなのかもしれない。そうモヤモヤしていた矢先にこのイベント。
 担当されている仁多見准教授といろいろ話をする。今展示されているモノをすぐに三重の林業にも!というわけにはいかないだろうが、うまく組み合わせたり、使い勝手を向上させたり...やってみて損はなさそうである。
他にも見たい展示はあったのだが、時間切れとなってしまった。

引き続き、赤浜へ。前から寄りたかったイタリアンレストランで昼食を...と思ったら、なんと1月31日で閉店となっていた。結局一度も行けずじまい...
岡本酒店へ立ち寄る。あえて以前にも訪ねているとは口にせず、店主と当たり障りのない会話をし、酒とカレーパンを買い求めて店を出る。

工事が始まった赤浜は、景色を大きく変えていた。
 
家がなくなっている...
そして、大槌町役場へ。周辺の景色は8月の訪問時とは大きく変わっていた。
45号線を再び北へと向かう。
波板海岸
薪を切っていたおじいさんは元気だろうか...
山田、そして宮古を抜ける。途中、山田町で務めているS氏とすれ違ったが、たぶんこちらのことは気が付いていないだろう。

そして田老へ。激しい強風が吹き荒れていたが、ドローンも飛ばしてみる。
南向き
北向き
北東方向
嵩上げ工事完了

ソーラーの避難灯
こちらも嵩上げ
事業説明
防潮堤建設の碑
 少し移動して、たろう観光ホテルへ。丁度マイクロバスに乗った見学客が。
ドローンは強風に流され続けたが、何とか撮影を敢行することが出来た。

そして、漁協脇の階段から再び堤防へ。田老の街も工事が至る所で行われており、その姿を変えていた。
道路は隅切り、それが田老
 そして常運寺へ。津波の悲しい歴史を墓碑が語っている。
 そして宮古市田老支所、旧田老町役場へ。
防潮堤は浸水深を下げる効果を発揮したようだ
關口村長
防潮堤の存在が田老の犠牲者を増やしたのだろうか。自分はそうは思わない。他の街よりも積極的に取り組んできたこの街のもたらした結果について、他の街の人がとやかく言うのはどうかと思っている。
この街で生き延びた方々が、更なる津波対策をこれからも成し遂げていくことだろう。

そして帰路に着く。
美しい山田湾
別アングルの波板海岸
帰路、夕食を摂りにkojikaへ。マスターが開口一番、「今日はうどんだから!」と。出されたのは伊勢うどん。毎年親戚から大量に送られてくるそう。東北で伊勢うどんを食べるのは、山形の物産展とこれで2度目(笑)。

うどんを平らげてから、マスターと談笑する。震災後に行政と密接なパートナーシップを構築したマスターは、その活動範囲をどんどん広げていた。新しい出会いがさらに新たな企画を生んでいる。
「震災からの4年は、40年くらい生きたようだ。」と嘯く。息子さんに任せるという店も、春にはオープンする。震災前もおそらくアグレッシブだったマスターは、震災後もアグレッシブであり続けている。

震災が人をスーパーマンにすることはないと思っている。普段からやっていることが、震災時、震災後に役にたつと考える。今までどうやって生きてきたか、それが試されるのが非常時だと思う。

話は尽きないが、遅くなる前にお暇する。途中大船渡温泉により気仙沼へと戻る。夕方より気温が上がったようで、洗車をしていても苦にならなかった。

この2日は、当初予定していた遠征を延期したので、空いた時間を活用して、再び行きたかった場所に行き、再び会いたかった方々と会う時間にした。被災地にやってきた原点に戻ったような2日間だった。
思ったのが、ハードをどれだけ整備したとしても、結局復興を成し遂げるのは、その地に住む人々なのである。それぞれの街に熱い思いを持つ人がいて、その人の仲間がいて...

今回周った場所は、これからも時間の許し限り、再び、三度、訪ねてみたいと思う。