2013年6月8日土曜日

#134 dear and deer

すっきりしない天気だが、気温もそれほど低くないので、出かけるには丁度いい。寒くなることを想定して、ダウンを鞄に入れて出発する。

まず、行きつけの大型ショッピングセンターへ。さいとう製菓で手土産の「黄金海道三陸」を買い求める。そういえば、さいとう製菓のポイントカードを持っていたので、店員さんに手渡す。「大船渡の方ですか?」と尋ねられた。

昨日訪れた八瀬を経由して、陸前高田へ向かう。途中の田んぼで、木製の草取り機を使っている方を見かけた。三重ではほぼ見ることが出来ないので、うれしくなった。

列車の来ない陸前矢作駅へ。非常にきれいに清掃されており、今にも列車がやってきそうな雰囲気を醸し出している。気仙沼から、盛から、列車がやってくる日は来るのだろうか...
引き続き、竹駒にある陸前高田未来商店街へ。大きな建物の中では「けせん朝市」が開催されていた。何か買い求めようと思ったが、あいにく今の暮らしに必要そうなものはなかった。
昼食を取ろうと、Brics.808へ。陸前高田一(?)、おしゃれなカフェである。いくつかあるメニューのうち、日替わりのワンプレートランチを選んだ。いろんなおかずをちょっとずつ食べられるのがいい。
食後、340号を住田方面へ。途中、玉山金山の看板を見かけたところで曲がってみる。気仙沼の本吉や鹿折の金山と同じように資料館が...と思ったが存在せず、前から気になっていた玉の湯にたどり着く。
ちょっと熱かったが、真昼間の風呂は最高。お客さんもそこそこみえたが、今日は大広間で休憩が出来ないので、通常より割引の料金だった。

ひとまず、大船渡の日頃市に向かおうと思い、ショートカットできるルートを地図で探す。住田に入ってすぐのところに「猿楽林道」という道があるので、そこを走ってみることに。
走りやすく景色もいい、ダートの林道。雷がなっているのと、クマが出てきたら...と思い、止まることなく走り抜ける。しかし、107号線と合流したのは白石トンネルの住田側。あれ?

日頃市から五葉温泉に向かう途中、鷹生(たこう)ダムがある。脇にある展示館で資料を眺める。堤体積は32万8千m3。今、管内で予定されている防潮堤のうち、大きいものの体積は20万m3。こういったクラスの構造物を作ろうとしているんだな...
五葉温泉を過ぎ、山を登る。天然林の木立を抜けるが、五葉山登山者と思われるバスやクルマと頻繁にすれ違う。結構なスピードで下ってくるので、かなり動揺する。何度もリアタイヤをロックさせてしまった...まだまだ操作が下手だ。

釜石市に入ったすぐのところで、「もりの学び舎」の看板を目印に悪路に入る。前回来たときにくらべ、道が荒れているような気がする。
写真を撮ってないので、2011年の写真で...
シティーハンターというマンガの海〇主に似たM館長が迎えてくださった。「いったいいつになったら来るのかと..」。すいません、長らくお待たせいたしました<m(__)m>

館内の展示物も少しリニューアルされており、今は大窪山や周辺の自然を撮影した写真展が開催されていた。しかし、展示もさることながら、募る話が優先され...
林業のこと、作業道のこと、去年のGWの豪雨で道が荒れてしまったこと、気仙沼の今のこと、これからの三重のこと、いろんな話で盛り上がる。
あぁ、師匠から命じられている宿題をまだやっていない...(/_;)

大窪山の「もりの学び舎」では月1~2回、散策会などのイベントが開催されている。三重ではほとんど見かけることのない広葉樹の森。最近体がなまっているので、積極的に参加しよう。そして、現在計画中のアクティビティを聞かせてもらう。三重では触れることが出来ない木に関する内容で、興味津々。

遅い時間に到着したにも関わらず、かなり長居してしまった...再会を約束して出発する。
この周辺は禁猟区のため、相当な数のシカと出会う。これだけの個体数を受け入れられるキャパシティがあるからなのだろうか、ブラウジング・ラインが出来たり、シカが食べることのできない特定の植物だけが生えているという状況ではなかった。といっても、きちんと見てるわけではないが・・・
逃げないシカ


45号線にでて、憧れの地吉浜に。大船渡市役所派遣時に見つけた「開墾碑」の碑文の読み取りを試みる。
残念ながら文書が理解できないうえ、文字の判読が困難だったため、明治廿九年三陸大海嘯と面積32町、昭和三年に碑が建立されたことしかわからなかった。
建設機械が活躍を始めたのは、佐久間ダム建設のころ。人力で32haの耕地を造成することは並大抵の努力ではなかったはず。1896年から1928年まで38年。当時の人々は、この期間を遅いと捉えたのか、早いと捉えたのか...

霧が立ち込めてきて、急速に気温が下がってくる。ダウンベスト1枚では若干物足りない。引き続き、越喜来へ。既に越喜来小学校は解体済み、校庭に置かれていたがれきも完全に撤去されていた。
なぜかヒツジが...
寒さが許容値を超えてきた。45号線を南へと急ぐ。しかし、3号機は自動車専用道を走れないので、やむなく旧道を行く。既にあたりは暗くなってきた。

夕食を取るため、迷わずKojikaに滑り込む。ちょっとおなかが空いていたので、大盛りを頼んだところ、カツをおまけしてもらってしまった...確かに、カツを乗せるかどうか悩んでいた。既にこちらの心の内も見透かされている(笑)
話はグループ化補助金のことになる。マスターは自分以外のことで、かなり骨を折られている。事業内容が認可されれば、復旧費用の3/4が補助される。これだけの費用を日々の売上で達成するのはかなりの困難を要するため、活用できればする方がよいというのが二人の共通認識。ただ、現実はそうなっていないこともある。補助に頼らず自己資金ですべて賄うといった高い志ではない...。

また、宿泊施設の乱立についても危惧されていた。今は復旧需要が旺盛で供給が追い付いていない状況だが、5年、10年先となれば話は変わってくる。グループ化補助金で、震災前を上回る規模の施設を完成させたとしても、将来は廃墟となる可能性もある。今と未来を広く見つめる視野が必要だと痛感した。

極寒の中、45号線をひた走りベースキャンプへと戻った。