K氏のエコカーで、長沼に向けて出発する。道のりはおよそ60㎞だが、高速がないためにワープすることもできず、かなり時間がかかる。10時の約束時間ギリギリセーフだったが、仙台のO技師、栗原のK技師以外は誰も来ていなかった。
しばらくして、東部のK技査、K技師が到着、そののちに5名が加わった。
宮城の秋の風物詩「芋煮会」がスタートする。
キャンプサイトへと移動し、準備をして火おこしから始める。「今日は技師と主事が働くこと!」などと偉そうなことをぶちながら...
このあと、移動することに |
肉も美味しい |
和気藹々 |
もちろん芋煮はマスト |
震災当時に気仙沼にいた東部のK技師が、2011年の7月に気仙沼へ赴任したH主任主査が来た時のことを話してくれた。「治山のことほとんどわからなかったので、H主任主査が来てくれた時には、泣きました。」と。
自分も、似たケースを思い出した。RDF発電所の爆発事故の際、サイロに残っていた燃料をなかなか消火することが出来ず困り果てていた時、名古屋市消防局を先頭として、緊急消防援助隊が来てくれた時のことを。あの時は、自然と涙がこぼれた。
K技師からは、あの怖かった震災のことを、今では自分の中でもどんどん忘れてしまっていくこと、そしてNという施工予定箇所で初めて土のうを積んだとき、この仕打ちには絶対に負けないと思ったという話を聞く。任せてください、Nは自分が後を担うので!
穏やかな空気が流れる |
後片付けを終えて記念撮影 |