2014年9月7日日曜日

#590 KESEN Explorer -now and forever-

推定5時ごろ、E氏の莫大ないびきで目が覚める。再び寝付き、9時ごろにE氏が撤収するが、自分は引き続き寝る。10時ごろおもむろに起床し、だらだらしながら準備をして出発するころには11時になっていた。絶好の行楽日和を無駄にしてしまったか...

ひとまず腹ごしらえをと思い、黒船へ向かう。
お気に入りの秋刀魚だし塩
お腹も膨れ、107号線を住田へと向かう。暑くなく寒くなく、とても爽やかな初秋。5号機で走るには最高の天気である。

元ベースキャンプ前のスタンドで給油を済ませてから、新しい住田町役場へ。日本一働きたくなる庁舎と自分で勝手に銘打っているが、本当に素敵な建物である。
9月2日に落成式典を行い、16日より執務を開始する。今日は見学会となっている。先日も内部を見学しているが、什器が入った状態もぜひ見たい...
おなじみの全景
エントランスホール
4本ある象徴木
自販機も目隠し。地元産材で地元の団体が加工
大会議室では町内団体のPRビデオが
1階。ラウンドしたカウンターが美しい
木製玩具展示場所。立ち入り禁止だけど気にしない!
カウンターも集成材
 1階を見学していると、村上薫町議と偶然顔を合わせる。いろいろご案内いただくことに。
夢の町長室。もはや皇居級のクオリティ
町産材のスギを使ったテーブル
 そして2階へ。
2階も素敵
明るく広々とした執務スペース
オカムラの机、おそらく天板は住田の木
公開に合わせて、様々なイベントが開催されている。メインエントランスではまーぶるのM氏ご婦人にもお会いしたっけ...
音蔵(ねぐら)の演奏 
表の芝生広場では「クッブ
役場新庁舎を後にし、107号線を戻って日頃市から上有住へ抜ける県道へ。開発鉄道の岩手石橋駅から先は初めて走る。狭い山道を想定していたが、途中から二車線のなだらかな道になり、そしてまた狭くなる。走っていてとても楽しい。

上有住に出て、まずは住田町唯一の鉄道駅へ。
上有住駅
SL銀河で訪ねてみたい
そして、近接する滝観洞(ろうかんどう)へ。以前から行ってみたかったが、なかなか機会がなかった。1050円の入場券を買い求め、ヘルメットとジャンパーを受領して洞内へ...
気仙川を渡って
タイトな洞内へ
ヘルメットの理由が分かった...
八つ墓村のロケ地
狭くタイト
ウミユリの化石
 特に見どころもなく、700mの長い洞窟を進む。気分はまるで川口探検隊だが...
足腰が悪いとクリア不能
この観音像、どうやって運び入れたのだろう...
そして、水が激しく落ちる音がすると、最大の見どころである天の岩戸滝へ。洞窟内で落差29mは日本一。本当は、まだ奥があるらしい...
帰路はなんとなく急ぎ足で戻る。洞窟から出ると、メガネが白濁した。

少し休憩をしてから、釜石へと向かう。本来なら滝観洞ICから釜石道に乗るべきなのだが、せっかくなので箱根峠越えの旧道を通ってみる。
ほとんど通行量のない道だったが、落葉広葉樹の森を抜ける体験は三重ではなかなかできない。

釜石市街を抜け45号線に入り、平田(へいた)から山道を行く。
以前も見た気がする平田の石碑
明治と昭和の津波について書かれている
湾口防波堤の復旧が進む
久々の花露辺(けろべ)
黄昏感を強調
花露辺の災害公営住宅も完成
近くでは住宅の新築が進む
唐丹本郷で見かけた昭和三陸の納骨碑
そして、小白浜にある盛岩寺へ。
昭和三陸の記念碑
今次津波の到達碑
明治三陸の碑。裏面にはおそらく死者の名が刻まれていた
上記3つに加え、画面最左には明治の物故者の慰霊碑と思われるものが...
過去の人は、石碑という手段を使って未来に記録を伝承しようとしていた。そしてまた現代人も、未来に石碑を使って残そうとしている。
唐丹の今
今は岩手県だが、江戸時代にはこのあたりまで仙台藩の領域だった。そこはかとなく親近感を感じつつ、唐丹を後にする。

45号線、三陸道と走ると、思ったより早く気仙沼に戻ってこれた。夕食は何にしようかと悩んだが、月一以上食べることのできない、福建楼の麻婆飯に。
辣すぎて口が痺れる...
口をひりつかせながら、ベースキャンプへと戻る。