この駄文を読み込んでくださり、先日お手紙をいただいた在京民放のA氏と、釜石駅での合流を予定している。しかし、釜石線が遠野~釜石で不通となっており、予定を変更して遠野で待ち合わせとする。
ひとまず、107号線を住田へと向かう。昨晩通行止めとなっていた白石トンネル付近では、片側交互通行となっているものの、走行に支障はなかった。必死の努力をしてくださった方々に感謝したい。
気仙川は増水しているものの、避難勧告の発表されていた世田米川向地区も、ぱっと見た感じでは何事もなかったような感じだ。大船渡市役所派遣時代のベースキャンプ、グリーンベル高勘前の横澤儀商店でガソリンを入れる。気仙沼よりお値打ちなのが悔しい。途中分岐し、遠野方面へと向かうが、水沢方面は通行止となっている。
住田の松日橋は、やはり流されてしまったのだろうか... |
木曽岬温泉を思い出させる、懐かしい感じの場所。天然ラドン温泉とのことで、昼からそこそこ来客がある。退廃的な空間に、ごろ寝の欲求が出てきてしまう。
そして遠野駅へ。外から見るのは12年ぶり。
駅舎の中に入ると、発車案内は消えており、ホワイトボードに情報が書き込まれていた。
上げ底をしようと、ピーナッツ入りの南部せんべいを買い求めるが、あと3分ほどでバスが到着するとアナウンスがあった。快速はまゆりとほぼ同じ時間。存外バスも速いというか、列車が遅いというべきか...
無事A氏と合流し、ひとまず駅前の食事処のんのんで昼ごはんとする。そばと悩んだ結果、A氏と同じ「ひっつみ」を食べることに。
遠野のひっつみは初めて |
釜石の街並みは少しずつ変化しているように思うが、途中の鵜住居は以前とあまり変化を感じなかった。
大槌の街に入り、ひとまず旧町役場へ向かう。秋田の大工さんが製作した献花台が設置されている。幾度かこの付近を通っているが、来るたびに周辺の様相は変わっているが、この建物は2年前と変わりはない。
いつ来ても切ない |
2011年7月 |
パノラマ |
嵩上げ予定の道路 |
釜石市の遊覧船「はまゆり」が乗ってしまった民宿 |
まちづくり懇談会の資料がカバンから出てきた。さすがA氏! |
体育館の窓に表示された地盤高さの表示 |
A氏が懇意にされているという、近隣の岡本酒店の店主に話を伺うことが出来た。
大槌は地区ごとで街づくりの考え方が異なっており、中心部の町方などではTP+14.5mの防潮堤と2m程度の嵩上げの組み合わせとなっている。様々な議論の中で、そこに住む人たちにマッチした案が選択されているのだと思う。
蓬莱山→ |
大槌漁協の建物 3Fのガラスも破損している |
20分ほど待って会場入りする。LAWBLOWのお二方にお会いするも、なんと豪雨で中止!
そんな嘆いている自分と、記念撮影をしてくださった。
ONE☆STAR ハナさん STOCK 自分 $-LD |
今回の津波でも、この高台に登って助かった人が多数みえる。過去には山田町役場もおかれていた「御蔵山」と呼ばれるこの高台、人工の盛土か、天然の丘なのかよくわからないが、周辺の平らな状況から人工物の可能性もありそうな感じがする。
1648年には存在していた御蔵山、もし人工物だったとすると、慶長の三陸地震で被害を受けたこの地で、コメは流されない高い所に保管すると考えた結果、生み出されたものと想像すると興味深い。
陸中山田駅に設置されていた時計 |
鎮魂と希望の鐘 |
大槌町の発行する資料は、どれも分かりやすく充実している。過去の分や他の地域分も容易に入手できるのは、大変優れた取組だと思う。
書店で、A氏が推す臼澤みさきのCDをプレゼントしていただいた。
そして大船渡へ戻り、七夕まつりの準備。SGのメンバーだけでなく、SGのOBやAllHandsVolunteerに関わっていた方など、たくさんの来訪者があった。
作業終了後、夜のBBQへ。しかし、残念ながら豪雨に見舞われ強制終了となってしまった...