ひとまず、N先輩の希望する岩井崎へ向かう。無理に知らない道へ行こうとしたら、1号機では到底たどり着けない狭隘な道に入り込んでしまい、やむなく引き返す。
天候に恵まれた岩井崎は、観光客で賑わっている。
フラットな岬はヨーロピアンな感じ |
周辺を散策すると、いくつかの変化が見られた。新たな民宿や食堂の開店、施設の解体準備など...
宮城県産間伐材を使ったベンチ |
転倒し、水門に寄りかかる建物が痛々しい |
右奥の軍艦巻 |
条南中学校が投票所 |
そして、この地方で唯一接触のある林家(というか種苗業者)の菅原さんに奥尻みやげを届けに行く。気仙沼でまもなく始まるバイオマス発電への想いを語ってくださった。
まだ日が高いので、鹿折に出かけてみた。新しい水産工場が建ちはじめ、一部では事業用地の嵩上げも進んでいる。
事業用地の嵩上げ |
鹿折地区では基礎が残されている |
元々ここには「すがとよ酒店」という酒屋さんがあった。店は2か所で再開されているが、店主の父が行方不明である。壁面に、被災前の風景や津波が押し寄せている状況などの写真が掲示されている。添えられているメッセージを一部紹介する。
「別の土地で同じような災害が起きた時に、気仙沼の人間が防げなかった被害を少しでも、少なくしてもらいたいという『願い』でございます。」
かもめ通りのタイルが切ない |
最近、週末は殆ど他所に出向いていた。そろそろこの地域をじっくり観察しないと、変化に置いて行かれてしまいそうである。