2011年12月23日金曜日

#65 また会う日まで

あまりもたもたしていてもなんなので、7時過ぎには起床する。しかし、部屋は悲惨な状況になっている。
最初、仙台からフェリーに乗ることを企てていたが、11時半に仙台港へ着くには、住田を8時には出る必要がある。この状況では到底無理である。

身の回りの物や、思い出の品々を箱に詰めていく。スタッフの方に少し驚かれてしまうような荷物だ。
しばらくして、杣遊会のM氏から電話が。まだ準備に時間がかかりそうだと伝えると、ベースキャンプを訪問してくださるとのこと。

しばらくして、M氏が到着。杣遊会三重県支部長の証として、ハスクバーナのキャップとネックストラップをいただいた。最高にうれしい!やった~!しかも、キャップは会長とお揃い!
年賀状を送らせていただきたいと、住所を教えていただく。
さっそくキャップを身に着け、記念撮影
さて、荷物をクルマに積もうかと・・・
来た時の倍くらいになっている。結局一度も使うことがなかったものもある。なんとかクルマに荷物をおしこめ、ベースキャンプを後にする。

床屋のおたかさん、ひろちゃんに挨拶をしていく。おたかさんからは、おやつに、とお菓子を分けてもらった・・・うれしい!
しかし、なにやら忘れ物をしている。上着を置いてきてしまった・・・あわてて取りに戻る。
Fさん母娘と12時に待ち合わせしていたのに、絶対間に合いそうにない。あ~あ

12:20に屋台村に到着。やはりお待たせしてしまったようで申し訳なく・・・
娘のAさんの希望で、お好み焼きのお店に入る。こじんまりとした店内には、家族連れの先客がみえていた。マスターから「うちは遅いことで有名な店だから(笑)」といわれ、注文してからしばらく待つことになった。
ネギ焼き
味はともかく、こういう人の集まる場所があることはいい。
ふと、表をおおふなとさいがいエフエムの管理者であるS氏が!こちらに気付いてくれて顔を出してくれた。帰る前にお会いできてよかった~!

屋台村の横では、みちのくプロレスの興行がなされていた。寒風吹きすさぶ中、格闘家は元気いっぱいである。
その後、さいとう製菓によって「かもめの玉子」を大量に捕獲する。段ボール箱2箱も買ってしまった。いずれ来るクレジットカードの支払いが怖い。
かもめ人形の前でFさんたちとお別れする。しかし、またしてもお土産をいただいてしまった・・・四日市運送さんの分、樋口さんの娘さんへの分、Y先輩の分、イケメン陶芸家M氏の分、そして私の分・・・

一路、陸前高田へと向かう。以前は前を通過しただけの市役所で立ち止まる。
3月11日、年度末で忙しい役場には、いつもの顔ぶれが、いつものように集まってきていた。
そして、いつものように仕事をしていたはず・・・
地震が、津波が、この街の「いつもの・・・」を奪ってしまった。 同僚、先輩、上司・・・ そこにあたりまえにあった日常が、無に帰してしまう。
いつの日か三重にも必ずやって来る、この切ない事態に備えて。 
私たちは歴史が繰り返さないように、今できることを今から始めていかなければならな いと切に思う。

そして、仮設に住まうFさん宅に帰郷のあいさつに向かう。ミサンガをいくつか購入し、また会いましょう、とお伝えする。というか、間違いなくまた会うはず!
気仙最後に、行きつけの星石油店で給油。津波の傷跡が色濃く残るこの店、今後も見守っていきたい。
ガソリンをおなかいっぱいにし、45号線を南へと向かう。

ありがとう気仙。そしてまた会う日まで!